覇王パーティー
草が生い茂る、半ば崩れかった城壁に囲まれた小さな町。
「へいィ~へいィ! お兄さん方……腕の立つ勇者様ご一行とお見受けしやした!」
剣や斧、槍などを一通り並べた終えた露店武器屋の親父が、雑踏の中を通り過ぎようとする、六人パーティーに声をかけた。
彼らは一様にローブ姿で、フードやそれに準ずるモノを深々と被り、顔は見えない。
「こちとら都でも、ちったぁ名の知れた武器屋でさあ! 辺鄙な街の露天武器屋と思うなかれってもんだ。どうでい? 何か一振り買っていって下さいやし!」
威勢の良い声にパーティーの一人が立ち止まって、一本の剣の前でしゃがみ込んだ。
「お? お客さん、お目が高いねえ?」
親父はここぞとばかりに、客が興味を持った剣を高々と掲げる。
そして、何年にも亘って磨かれてきた売り口上を始めた。
「これは、かの赤毛の英雄・『シャロリューク・シュタインベルグ』が覇王剣、『エクスマ・ベルゼ』にさえ匹敵する……いや、それ以上の名剣でさあ! それが今ならなんと、たったの五千万ダオーと来たもんでい!」(一ダオー=約一円)
すると、周りの野次馬が騒ぎ始める。
「おいおい何だよ、あの変テコな剣は?」「アレが五千万ダオーだってよ、高すぎだろ?」「シャロリュークのエクスマ・ベルゼに匹敵ってなあ?」「そもそも剣なのかも怪しいモンだぜ」
親父は、自分が掲げた一振りに目をやると、それは黒鉄色をしていて、おかしなパーツがゴテゴテと付いた、とても『剣』などと呼る代物ではなかった。
なにしろ、刃が存在するのかさえ怪しい剣だった。
「そ、そうだな。三千万……いや! 一千万でどうだい?」
親父はいきなり八十パーセントOFFの金額を提示する。
けれども、しゃがみ込んだ客は金額には興味を示さず、ローブからシルクの様に透き通った手を出して、無骨な剣をペタペタと触っている。
「ねえねえ? この剣、ホントにシャロの『エクスマ・ベルゼ』より強いのかな?」
客は妖精のように可愛らしい声で、後ろの五人に質問をした。
深々と被ったフードからは、薄いピンク色をした髪が見え隠れする。
武器屋の親父は、客がまだ年端も行かない少女だと気付いた。
「あのなあ、リーセシル! こんな『おかしなパーツをゴテゴテくっつけただけの剣』のどこが、オレのエクスマ・ベルゼより上だってんだよ?」
ぶっきら棒だが、雄々しい声が答えた。
親父が声の主を目で追うと、そこにはローブを着ていても、威風堂々という言葉で溢れ返った男が立っていた。
(こりゃ、このパーティーのリーダーだな? 見たトコ、二十歳そこそこって感じだが、やけに貫禄がありやがる)
「リーセシル、行くぞ。もう直ぐ城で作戦会議だ。こんなトコで油売ってるヒマはねえ」
フードから赤毛の覗く英雄的な体躯の男は、さっさと立ち去りたい様子だった。
「待って待ってシャロ! も~ちょっとだけ!」
剣に興味を示した、リーセシルと呼ばれた少女に、赤毛の男はヤレヤレという感じで肩をすくめる。
すると残る四人の中で最も小柄な者が、リーセシルの隣にしゃがみ込んだ。
「姉さま、いいですか! 三流武器屋のたわ言など、いちいち真に受けるモノではありません! 都じゃ名の知れた、とか言ってますが、ここはただの小さな地方都市ですよ」
「でもでも~リーフレア、都の武器屋を全部調べたワケじゃ無いし、ここは支店ってコトも?」
「ありません!」リーセシルを『姉さま』と呼んだ少女は、ピシャリと言った。
リーフレアと呼ばれた少女も、やはり妖精の様な声をしていて、ローブのフードから薄いピンク色の髪がはみ出ている。
店主が目を落とすと、二人は殆ど同じ体躯だった。
(双子姉妹か? 二人とも人間(ヒューマン)じゃねえ……エルフか?)
「いいですか、リーセシル姉さま! こんなヘンテコリンな剣を、一千万ダオーで売りつけるなんて、悪徳商法もいいトコですよ? 姉さまは純粋で騙されやすいですから」
違いといえば、気の強い妹の方はフードの下に丸い眼鏡をかけていた。
「こんな剣など、シャロ様のエクスマ・ベルゼどころか、そこの筋肉の『ヴォルガ・ネルガ』よりもダメダメな、ただのガラクタですわ!」
するとローブを着ていても際立って巨漢だと解る男が、パーティーの最後列からズンズンと野次馬をかき分け、双子姉妹の前に躍り出てた。
「なんだとリーフレア! 筋肉って略し過ぎだろ! オレ様には『ゼップ=クーレマンス』っつー立派な名前があんだからよ! それに、オレ様の剣をこんなガラクタと比べんな!」
「お? お兄さん方も、自分たちがシャロリューク・シュタインベルク率いる『覇王パーティー』だ、とか名乗ってる口かい? 最近、多いんだよねェ~」
自慢の店を散々バカにされた店主が、少々の嫌味を混ぜ込みながらも、『同属の好み』といったタイプの笑顔を向けた。
何故なら、彼らが名乗っている名前はどれもが、赤毛の英雄・シャロリュークと、彼が率いる『覇王パーティー』メンバーの名だったからだ。
「ほれ、周りを見てみな。アンタらの他にも『赤毛の英雄ご一行サマ』が大勢いるだろ?」
六人が辺りを見回すと、野次馬の中にも赤い髪の勇者然とした者があちこちにいた。
「そこのヘア・サロンなんざ、赤毛の英雄の御用達(ごようたし)だぜ?」
嫌味を聞いて周りにいた赤毛の英雄たちは、バツの悪そうな表情で雑踏の中に紛れていった。
「オレの知ってるガキ……丘の上の教会に住んでる孤児なんだがよ? 見事な青髪のクセして、完全に自分が赤毛の英雄・シャロリュークだと思い込んでやがんだ。でも貧乏でヘア・サロンに行く金もねェもんだから、赤いインクで自分の髪を染めちまって、シスター見習いの娘にこっ酷く叱られてたっけなあ?」
武器屋の店主は、『そういった客』に恥をかかせ、強引に交渉をまとめる術を心得ていた。
「それより、この剣は本物だぜィ? なんなら、五百万ダオーにまけとくよ!」
「下らん……。最強の『天下七剣(セブン・タスクス)』と謳われた内の一振りである『エクスマ・ベルゼ』に勝る剣が、しがない露店武器屋の軒先にある筈もあるまい?」
六人のうち、一人だけフードではなく、藁で編んだ皿をひっくり反した様な物を被った男が、店主に冷たい眼差しを向け言った。
「無論、我が『白夜丸』と『黒楼丸』にも遠く及ばん、まがい物だ……」
男は白紫色の長髪を後ろで束ね、腰には反りの入った細身の剣を二振り挿していた。
(ありゃあ確か『から笠』って防具と『刀』だな? 東方の国の代物らしいが……)
店主は長年培った知識で男を観察する。
するとクーレマンスと呼ばれる巨漢の男が、から笠の男に丸太の様な腕を絡みつかせた。
「なんだ雪影? 自慢かよ! 天下七剣を一人で二振りも独占してやがってよォ! オレ様の『ヴォルガ・ネルガ』だって、選ばれてもおかしく無ね~のになぁ?」
「おかしいんじゃな~い? アンタの下品な『モンスター喰らい』が天下七剣ってさあ?」
「なんだとォ!」巨漢男が振り向くと、ローブからパッションピンク色のクルクルとした髪を溢れさせた少女が、仁王立ちをして彼を睨みつけていた。
「アタシの『トュラン・グラウィスカ』のが、遥かに相応しいってモンだわ!」
「あのなあ、カーデリア! お前のトュラン・グラウィスカは弓だろがッ!」
「うっさい! あたしのトゥラン・グラビスカは、四つの弦の部分が刃にもなってて、敵を切り裂けるのよ? 知らなかったの、筋肉?」
「知っとるわ! 何年一緒に戦ってんだ? お前のは『基本的には弓』だっつってんだ!」
「アンタのヴォルガ・ネルガだって、剣ってよりただの斧じゃない! ブンブン振り回して雑魚モンスターをガブガブ食べて!」
「カーデリア……普通は剣も斧も、モンスターをガブガブ喰わんぞ」
二人の痴話喧嘩を呆れ顔で眺めていた赤毛の男が、一般論で会話を遮った。
「それより行くぞ、お前ら! 魔王討伐までの道のりは長いんだ。こんなしがない武器屋で油を売ってる場合じゃねェ」
「わかったわ、シャロ!」「へいへい……」
勝気な少女と筋肉は、素直にリーダーに従った。
「これから、この地方の領主様と謁見です。リーセシル姉さま、行きますよォ!」
双子の妹が、まだ剣をマジマジと見ていた姉のローブを引っ張った。
「あ~ん! 待ってよ~リーフレア!」双子姉妹も後に続く。
「下らん。無駄な時間を過ごしたものだ……」白髪の優男も武器屋に背を向けた。
「そりゃ無いぜ、この剣は見た目はアレだが由緒正しい……」
店主が会話を振った先には、既に六人パーティーの姿は無かった。
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