少年が見た現実
次の日、『因幡 舞人』は、一人の少女と街を歩いていた。
「もう、信じらんない!」
少女は栗色をしたセミロングの髪を、左右に分けて三つ編みに降ろしている。
「舞人って、バカだバカだとは思ってたケド、まさかここまでどうしようも無いバカだなんて!!?」
蒼髪ボサボサ頭の少年を、一方的に罵倒する少女。
「そ、そんなに怒ること無いだろ、パレアナ。教会に2億ダオーも寄付してやってんだし!」
「そこだけは評価してあげる。でも舞人と来たら、暴落寸前の株は買わされるは、怪しげな壺や絵は掴まされるわで……もう!」
「株は上がるって話だぞ。ファイヤードレイク繊維や、ミスリル鋼業の株は将来有望だって、株式商会の人が言って……」
「両方とも昨日、大暴落したよ!」
「ウ、ウソォ!?」
「今どきファイヤードレイクなんてゴツい皮の服、誰も着ないし、新たなオリファルコンの加工技術が開発されたから、ミスリルの価値が激減したのよ。かわら版に出てたでしょ!」
「そ、そうなんだ。でも絵画や骨董品は?」
「あんなのガ・ラ・ク・タよッ!」
パレアナは腰に両手を当てて、呆れ顔で少年を睨みつける。
「お金を使い慣れていない貧乏人にお金を持たせると、ロクな使い方をしない……ってお手本を、よくもまあこれだけ並べられるわね!!」
少女は深いため息をつく。
立て続けに罵倒された少年だったが、彼にはまだ昨日買った『切り札』があった。
「でもさ、見ろよココ! この武器屋が今日からボクのモノなんだぜ!」
少年は、昨日買った露店の武器屋に少女を案内し、誇らしげに自慢した。
「アンタ、商売なんて出来るの?」
「へ……それは……その」
「お客さんに愛想振りまいて、ペコペコ頭下げなきゃいけないんだよ?」
「ど……どうでしょう?」
「商品の武器も、なんか怪しいわね。どんな性能か聞いておいた?」
「え、性能って?」
「まさか性能の解らない武器を、お客さまに売る気じゃ無いでしょうね!?」
「うう……」
「それに店の権利書は本物みたいだけど、権利の更新期限があと三日じゃない!」
「更新って……なに?」
「これだから舞人はぁぁーーーッ!!?」
少年はその後、何とか武器屋の親父を探し出しカタログを入手した。
「これで、商品知識はばっちりだ、パレアナ」
「でもそのおじさん、商品のカタログは別料金だなんてちゃっかりしてるわね!」
「仕方ないだろ。商売すればそれくらい、直ぐに取り戻せるよ!」
「そうね、それじゃすぐに始めましょう」
仕方なく店先に立って、ギコチない呼び込みを始める舞人たち。
主の替わった武器屋は、直ぐに人だかりができた。
「お前が、この武器屋の新たな店主だって?」
「ぎゃははは、さっそく噂になってるぜ!」
「こんなボロ店を、三億ダオーなんて破格の値段で買い取ったんだろ?」
「信じらんね~。ある意味勇者とは、よく言ったモンだ!」
「大金を寄付してくれたんだから、手伝ってあげようかと思ったけどこれじゃ晒し者よ」
怒りを抑えて、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべる少年の隣で、少女は顔を赤らめる。
それでもパレアナは必死になって、商品カタログと睨めっこしていた。
「ちょっと、商品の殆どが欠陥品か呪われてるじゃない。こんなの売ったら詐欺だわ!」
孤児として、舞人と同じ教会に育ったシスター見習いの少女は、亡き神父によってパレアナと言う名前を授かる。
「でもパレアナ、そんなコト言ったら、この武器屋に売れるモノなんて無いよ?」
『パレアナ』とは、人々に愛を届けた聖女の名だった。
「ダメなものはダメよ! でも、どうしよう」
けれども少女の心配を他所に、客たちは冷やかすだけ冷やかすと、店の前を通り過ぎて行った。
二人は、甘くない現実を知る。
夕暮れとなって少年と少女は店を畳み、街外れのみすぼらしい教会へと帰った。
教会の玄関で、幼い弟や妹たちが二人を出迎えた。
二人は、一日だけの営業となった『因幡 舞人・武器屋』の、呪われた剣や欠陥弓など全ての商品を、地下倉庫へと封印する。
「呪われている武器は、神父さまが生きてらしたら解呪(ディスペル)していただいて、売れたのに。あたしも、シスターとしての修行を詰まないと」
「パレアナ、ゴメン。これでまた、一文無しに逆戻りだ」
少年は、どうしようも無いくらいに落ち込む。
「ボクは思いがけなくクジに当たって、浮かれてたんだ。ただの紙切れを買わされ、価値の無いガラクタや落書きを掴まされ、挙げ句の果てにあんな武器屋まで……」
「でも、モノは考えようよ。寄付してくれた二億ダオーを、生活費に回せば大助かりなんだから!」
少女は、余りに酷く落ち込む少年を見て、元気付けようと思った。
「神父様が亡くなられてから、教会の運営もかなり厳しかったのよ」
パレアナの周りには、二人と同じく戦争や貧困で両親を亡くした、幼い少年や少女たちが集う。
「ホントのこと言うと、借金もあったのよ。あたしじゃ上手く寄付が集まらなくて……」
「お前、そんなコト一言もボクに、言わなかったじゃないか!?」
心配そうな少年の顔を見て、少女は必死に笑顔をつくる。
「でも綺麗さっぱり返せたわ。結局、貰ったお金のほとんどは消えちゃったケドね」
ステンドグラスに彩られた月明かりの下で、パレアナは血の繋がらない弟や妹たちの頭を撫でながら、少年に語りかけた。
「舞人のお金がなかったら、教会もどうなったか解らないわ……舞人のお陰よ。有難う」
「ボクこそホントにゴメン、パレアナ……」
古びた教会の聖堂から、少年の咽び泣く声が聞こえた。
夜になると孤児たちは、無慈悲な神と亡くなった神父に祈りを捧げ、質素な食事を取った。
パンは堅く、スープに具らしき物は殆ど入っていない。
それでも幼い弟や妹たちは、明るい笑顔を浮かべながらスプーンを口に運んでいた。
その夜、舞人はパレアナや孤児たちが寝静まると、一人ベットを抜けだして武器が封印された教会の地下倉庫へと向う。
そこで一振りの漆黒の剣を持ち出すと、自室に帰って手入れを始めた。
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