霧の向こうに見えたもの
「いよいよ、魔王の部屋ですな。扉の向こうに魔王のヤツが居ると思うと、武者震いがします!」
別動隊の隊長が、1人も欠けるコト無く集った部下の兵士たちを見渡す。
「我らとて、強くなっております!」
「共に、戦いましょうぞ!!」
城に突入したときから比べ、兵士たちも明らかに精悍な顔になっていた。
「どうだシャロ。この扉の向こうの魔王を、本気で倒せると思うか?」
筋肉の鎧をまとった男が、赤毛の英雄に質問する。
「さあなクーレマンス。相手を見てみねェと、なんとも言えねェな」
「フッ、それだけ目を輝かせて言われてもな。確かにお前が負ける姿なんざ想像できねェが、相手は仮にも魔王だぜ?」
「そうね。魔王の部屋には、あたし達だけで突入するわ」
カーデリアが、クーレマンスの言葉の意味を察した。
「別働隊はここで、退路を確保していてもらえるかしら?」
彼女の言葉の意味も、そこにいた兵士の全員が理解する。
「わかりました。どうか、ご武運を……」
隊長は、短くそれだけを言って一行を送り出した。
「うおおおぉぉーーーーりゃあ!!」
クーレマンスが自慢の筋肉を強張らせ、黒曜石の豪奢な扉を開ける。
「なんだあぁ……やけに視界が悪いじゃねえか?」
内部は白い霧が立ち込めた、見通しの悪い部屋となっていた。
二列に並んだ炎の列が、霧に滲みながら一直線に奥へと伸びている。
「冥府と暗黒の魔王ってのは、霧でも操る能力なのか。湿気てんなあ」
軽口をたたきながらも、赤毛の英雄は部屋の奥へと歩を進める。
霧に見え隠れする部屋は、宮殿を思わせる様式美を備えた造りで、不気味さと気高さを両立させた彫刻が、そこかしこにあしらわれていた。
「シャロの『エクスマ・ベルゼ』の炎が、赤から青白い炎に変わってる……本気を出せる相手がいるってだけで、そんなにうれしいのかしら、まったく!」
炎の温度は、主の気分の高揚によってさらに上昇する。
カーデリアは、赤毛の幼馴染みの性質に呆れながらも、その背中を追った。
「……おい、アレを見ろ!」
クーレマンスが指し示した先には、一行とはかなりの距離に『人らしき影』があった。
それは部屋の最深部付近で、通常なら魔王の玉座でも設置されてそうな場所である。
「なんだあ、あの小さいのが魔王ってか。ずいぶんと弱そうじゃねえか?」
影は霧のカーテン越しでも、巨大には見えなかった。
英雄自慢の炎の剣も、いささか勢いが弱まったようにも思える。
「魔力も殺気も、まるで感じられませんが……」
「そ~いうのを、一切を消せる魔王なのかもね?」
リーフレアとリーセシルが、コンビネーション台詞で『油断無きように』と訴える。
「油断するな、シャロ!」
「気をつけて!」
クーレマンスとカーデリアの言葉を背中に受けならも、気にせず間合いを詰める赤毛の英雄。
「……おかしいぜ。幾ら何でも、まるっきり殺気を感じねェ」
人影との距離も近くなって尚、シャロリュークは違和感を感じていた。
「どうやって隠しても、そういうのは幾分か漏れ出てくるモンだがなあ?」
シャロリュークは霧の中でも、人影の姿かたちが何とかわかるくらいまで、距離を詰めた。
「アレは子供……いや、少年くらいか。背中におかしな剣を、背負ってやがるな?」
赤毛の英雄の目に映ったのは、蒼い髪の少年の姿だった。
その背中には、『ゴテゴテとしたパーツの大量に付いた漆黒の剣』を携えている。
「一体、どういうコトだ。アレが本当に、『冥府の魔王にして暗黒の魔王』なのか!?」
赤毛の英雄も、この『想定外の状況』をまったく理解できないでいた。
前へ | 目次 | 次へ |